さいたまが成り立った歴史は

さいたま市は、浦和、大宮、与野、岩槻の4市の合併で2001年5月に誕生しました。

旧浦和市は、かつての埼玉県の県庁所在地です。
近世は、中山道の宿場町として栄えたところで、県庁所在地が置かれてからは、裁判所や県警察などが集中する、埼玉県の行政の中枢となりました。
東京都心への利便がよく、学校が集中する「政治と教育の中心」で、合併後の現在も、旧浦和市であった浦和エリアだけで50万人以上の人口があります。
旧大宮市も中山道の宿場町であり、武藏一宮氷川神社の門前町としてもにぎわったところです。
大宮は、東北、北陸新幹線が走り、貨物操車場や旅客車の車両基地が置かれるなど、鉄道の街として栄えました。
鉄道交通の結節点なので、多くの企業が集まり、商都や経済都市と呼ばれ、埼玉の「経済の中心」としての役割を果たしていました。
与野もかつては宿場町として栄え、浦和や大宮よりも大きかったことのある街で、自動車産業で発展してきました。
岩槻は城下町で、江戸時代はこのエリアの中心でした。

このように、歴史的に重要な複数の市が同等の立場で合併していて、成立してからまだ年月も浅いので、さいたま市の歴史は、それぞれのエリアの歴史です。
浦和と大宮の合併の際、ワシントンとニューヨークのように「政治と教育の中心」と「経済の中心」が並存した街が期待されましたが、実際は浦和エリアで積極的な商業開発がなされ、行政機能の移転などが行われています。